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2008年06月14日
Kion do mi povas fari por lia feliĉo?
ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう
What can I do for his happiness?

さて、なぜに突然カンボジア?!
いつか、かつて戦場だった場所の絵本を、ひとつずつつくりたいと考えていて。モナムール・カンボジア。
でも、どうしても今回見たかったのは、アンコール小児病院。
遺跡アンコール・ワットの写真でも著名な井津建郎さんが、ついにはその撮影地であるカンボジアのシェムリアップに開いたという小児病院があるという話を聞きつけ、そこへ見学に伺うことに。

日本とアメリカとカンボジアの子どもたちの絵が飾られている病院の中には、沢山の子どもたちがお母さんと一緒に並んでいます。
お話を聞いてゆくうちに、病院を作るというのは、建物を建てるだけではなくて、その背景に膨大な労力があることを知りました。

これは、ソニクムというシェムリアップから車で二時間程の村の診療所。
アスファルトの舗装はあっというまに土の道にかわり、車ががたごとと走ります。
まだまわりには地雷が残っているのだそう。水たまりが道の真ん中にひろがります。
街から離れた村では、まだポル・ポトによる傷跡が大きいことに驚きました。
戦乱の中で年配の人たちが殺され民間の知恵も途切れ迷信が蔓延しているし、ひとりひとりが自発的に何かをしたり考えたりすることはかつて死を意味していたので、子どもたちが病気にかかってもまず病院へ連れてゆこうとすることが難しいのだそう。
お湯を沸かす、薬をひとつずつ飲む、蚊によるデング熱やマラリアを防ぐために蚊帳の中に眠る、トイレを使う、そのひとつひとつを、病院のスタッフが長い時間をかけて伝えます。

クメールの言い伝えで母乳を子どもに飲ませるのは良くないとされていて、
お母さんたちは飢えていても母乳を捨てていたそうです。
妊婦が何を食べたら良いのか、子どもの成長には何が良いのか、そんな栄養学やトイレを使ったり水を湧かすといった衛生学も病院に絵と写真にして貼られています。

カンボジアの地で村へひとりひとりが幾度も通い村の人たちの勉強会を根気よく続ける。
現地の人たちをスタッフとして、医者として、看護婦として、育てる。
村の人たち街の人たちと話をする。
本当に背後には膨大な作業と時間があってはじめてひとつの病院ができるのです。
投稿者 小林エリカ : 2008年06月14日 18:42
コメント
素晴らしい支援ですね。日本にいてもなにかお手伝いできることってないのでしょうか。今日友人と久々にしたおしゃれなレストランでのランチが心ぐるしい!!
投稿者 kappino : 2008年06月21日 17:33
本当に井津さんの活動には感服しました。
でも、レストランのランチはそれはやっぱり魅力的。
これが、その病院に関するウェブサイト。
http://www.fwab.jp/
他にそれとは全く関係ありませんが、地雷除去のウェブサイトを教えていただいたものはこちら。
http://www.terra-r.jp/
なのでいろいろ詳しく読んだりできるかと思います。
投稿者 Anonymous : 2008年06月22日 22:12



